みなさん、こんばんは。
さて、このブログで何回か機械式時計500年説を
唱えているのを覚えているでしょうか?
(そんな大げさなものでも有りませんが・・・・)
パテック ミュージアムにあった500年前の
ドイツのポケットウォッチが、現在でもぜんまいを
巻き上げると動くという話。
IWCの500年永久カレンダーや、500年調整
不要なムーンフェイズの話。
スイスのベルンにある500年動き続けている
時計塔の話。
世界的には、この500年説を裏付ける話は、
色々とありそうです。
でも、今回はちょっと視点を変えて、日本の
機械式時計事情についてお話ししたいと思います。
日本では、機械式時計がいつ頃から使われていて
いたのか?
また、日本において機械式時計のブランドが
何故成長しなかったのか?
という素朴な疑問に迫ってみようと思います。
(ちょっと、大げさですが)
では、まず日本の500年前に遡ってみましょう。
500年前の日本といえば、まさに戦国時代
真っ只中。
パテック・ミュージアムにあった世界最古の
ゼンマイ式ポケットウォッチが作られた頃と、
織田信長が生まれた頃が同じなのですね。
そして、当然のごとく、機械式時計はまだ日本には
存在していません。
でも、この機械式時計が、この時代に日本に入って
いれば、もっと早くに戦国時代は、終わりを告げて
いたかもしれませんね。
正確な時間が分れば、戦争は有利に進められて
いたかもしれませんから・・・
で、日本に最初に機械式時計を持ち込んだ人は
一体誰でしょう????
驚くことに誰もが知っている有名な人物です。
題名を見て、徳川家康か?と思った方、
ちょっと待ってくださいね。
徳川家康が出てくるのは、もう少し後です。(笑)
1551年スペインの宣教師フランシスコ・ザビエル↓が、
山口の大内義隆に機械式時計を献上したのが、
日本最初の機械式時計なのですよーーー!!!!
どうですか????
驚きですよね?????
(知っている方も、多いかもしれませんが)
しかし、とっても残念なことに、この時計は、
現在残っていません。
しかもこの時計を手に入れた大内義隆は、
ただの飾り程度にしか、この時計を利用
しませんでした。
理由は、後で述べますが、この当時の
西洋の機械式時計は、日本ではまったく
役に立たなかったのです。
つづく・・・・